浜町アーケードに入ってから同店までの僅か200メートルほどの道中、3、4店舗もの呉服専門店が目に入った。 地方では「呉服店」とは名ばかりで、寝具や洋服を取り扱い、それを主とする先も多いが、この商店街ではどの店もまさしく専門店だった。

 長崎西沢本店の西沢朗社長は「実は長崎は着物の町なのです。毎年10月7日から9日に”長崎くんち”という町を挙げての祭りが開催されます。 くんちといえば”奉納踊”が名物なのですが、衣装は和装です。そして、くんちに参加するお子さんに付いて回るお母さま方が着物を着ます。 くんちが開催される3日間、いずれも異なる着物を着るというのも習わしで、その着物は神事ゆえにフォーマルです」と教えてくれた。

 「長崎くんち」は長崎の氏神である諏訪神社の秋季大祭だ。寛永11年（1634年）に二人の遊女が諏訪神社前に謡曲「小舞」を奉納したのが始まりと言われ、 以来、長崎奉行の援助もあり年々盛んになった。期間中は、最大の見どころである奉納踊を目当てに国内外から多くの観光客が訪れる。長崎の町に390年続く伝統的な祭礼が、 着物という伝統衣装を現代につなぐ役割を果たしている。

 長崎西沢の店頭では草履、バッグ、半襟などの和装小物が所狭しと並ぶ。 特に履物の動きがいいというから、祭礼をはじめその準備や訪問など、着物の実用需要が高いことが窺える。

 店内最奥の畳スペースでは、加賀友禅、大島紬、結城紬など全国和装産地の商品が提案される。 特徴的なのは、西沢社長が「こんな商品が欲しい」と問屋、産地メーカーに相談し、つくりあげた同店オリジナルの産地商品を現品で揃えていることだ。

 西沢社長は「”モノを知らないとモノを売ってはいけない”と考え、若い頃から全国の産地を廻り、生産工程をはじめ商品について勉強を続けてきました。 産地の商品は、特にコアな着物ファン、リピーターの方々に人気です。もちろん他店でも取り扱いがありますし、WEBでも買える時代ですが、 ここ（長崎西沢）でしか買えない商品があったら面白いし、差別化が図れるじゃないですか。 また業界全体の衰退から産地の新作も減り、問屋さんを探しても欲しい商品がないこともあり、それならば自社で作ろうという発想ですね。

たとえば、人気商品の一つに”絽の黒留袖”、”絽の加賀友禅”があります。 これを夏物として提案しています。絽の加賀友禅は問屋さんと相談し、加賀の友禅作家さんに私の想いをお伝えし作ってもらっています。 真夏の結婚式やくんちで着ることもできますし、フォーマルなのに涼しいと評判です」と話す。自らつくった商品を自ら販売するだけに、商品への愛着も高くなる。 但し、モノづくりは難しく、オリジナルで10本作った帯が一本も売れなかった苦い経験もあるという。それでもオリジナルを取り扱うことが、着物激戦区で販売する強みになる。

 常設の振袖コーナーも特徴的だ。長崎西沢は全国の呉服専門店47社で組織する日本きものシステムの組合員であり、 同店も組合を通じオリジナル振袖の共同仕入れを行っているが、その割にはトレンド商品が少ない。 カラーをみても近年人気のくすみ色が見当たらない。また上代をみると、セット価格（税込）は60万円超～80万円超が中心だ。

 「近隣には振袖のレンタル専門店もありますし、振袖に力を入れている店が多いために競合します。 差別化を図るうえでも当店ではワンランク上の型染の古典柄を中心に提案しています。 販売とレンタルの割合は、販売60％、レンタル30％、ママ振り10％です。 値札の通り、販売の価格帯は高めですが、ママ振りのお客様の平均単価も高く40万円を超えます。 理由は、ママ振り希望のお客様にワンランク上の西陣袋帯（上代30万円）を紹介しているからです。 娘さんの式典だけではなく、お母さんもお出かけや、くんちで締めることができますよと提案すると目の色が変わります」。

 日本きものシステムは今年、創立30周年の節目を迎える。同組合では、今年度「きもの未来創造事業部」を創設し、着物文化を未来に伝える事業を開始した。 西沢社長は同部門のトップを務める。きもの未来創造とは、具体的にどのようなことを行うのか聞いた。

 「残念ながら、着物業界は衰退を続けていますし、全国の産地も大変な苦境にあります。産地の作り手がいなくなれば、私たち専門店は売るモノをなくします。 それは着物文化そのものの衰退を意味します。 専門店ができることは一人でも多くのお客様に着物を提案することですが、着物業界の未来を考えるとまた違った活動も同時に行わなければならないと考えました。

一言でいえば、子どもたちに着物文化を伝えることです。大人たちが着物を着なくなり、子どもたちが町で着物姿の方を見かけなくなれば、子どもたちは着物文化を見なくなります。 だからまずは、子どもたちに着物姿を見せたい。小学校の文化的行事でもいい、課外授業でもいい、着物姿をみてもらいたい。 子どもたちに、私たち着物屋の着物姿を目に焼き付けることは、この国には着物文化があるという、一種の刷り込みです。 そのなかから、着物文化に興味・関心を抱いてくれる子が必ずや現れます。それが着物文化を未来につなぐことに繋がると考えます」。

 西沢社長は、2018年から毎日着物生活を続けているという。仕事はもちろん、プライベートも着物姿だ。 昨年は、約20人の友人や知人が「着物は特別な時に着るものではないんだね」「着物って、かっこいいね」と、自身の着物姿に触発されて男着物を買ってくれたという。 6年間、毎日着物姿を続けたことによる成果だ。着物業に携わる者たちが、着物を着ることが、着物文化を未来につなぐ礎になる。